きたまり/ KIKIKIKIKIKI 太田省吾の戯曲をモティーフとする創作シリーズ第三弾

『小町風伝』

 

 

きたまりは、2021年より太田省吾の戯曲をモティーフとする創作を続けている。太田独特の劇言語に潜んでいる揺れ動く身体性。さらに多様な楽器の生演奏との相互作用により、新たなダンスを切り拓こうとする試みとして、『老花夜想』(2021年)、『棲家』(2022年)、そして『小町風伝』(2024年)を現存する最古の能楽堂・大江能楽堂にて多彩な音楽家と共に「沈黙のことば」と対峙し、自身の集大成ともえる作品を上演した。

小町風伝

1977年、矢来能楽堂で初演(劇団転形劇場公演、作・演出=太田省吾)。日本現代演劇の画期をなす作品であり、太田は能舞台を想定したこの創作を通して「遅いテンポ」と「沈黙」を表現の中心に据える独自の方法を導き出した。謡曲「卒都婆小町」を下敷きに書かれた戯曲は第22回岸田国士戯曲賞を受賞した後、英語・ドイツ語・韓国語に翻訳されている。

 

主人公の老婆が、ひとり風に身をまかせるようにして現われる。人々の行列が舞台に運び込む家財道具に囲まれつつ、老婆はゆめとうつつ、死と生との狭間をたゆたい、やがて、ひとり風のありかを訪ねるように去っていく――。

 

 

きたまり/ KIKIKIKIKIKI 『小町風伝』

 

日程:2024年11月2日(土)、3日(日)

上演時間:約110分

会場:大江能楽堂 (京都市中京区押小路通柳馬場東入橘町646)

 

原作:太田省吾

振付・演出・出演:きたまり

声の出演:品川徹

音楽・演奏:石原三静 a.k.a ヌマバラ(尺八) 木下出(声楽) 嵯峨治彦(馬頭琴) 田辺由貴(歌・三線) やまみちやえ(太棹三味線)

特別出演:嵯峨大念佛狂言保存会

 

舞台監督:浜村修司 照明:三浦あさ子 音響:佐藤武紀 衣装:大野知英 ドラマトゥルク:新里直之 宣伝美術:升田学 広報:竹宮華美 記録写真:井上嘉和  

 

記録映像:川端将来 西本至則 制作:山﨑佳奈子

 

主催:ダンスカンパニーKIKIKIKIKIKI 

助成:公益財団法人セゾン文化財団 

芸術文化振興基金助成事業

京都芸術センター制作支援事業


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出演者等プロフィール/コメント

 

 

きたまり【振付・演出・出演】

振付家。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科在学中の2003 年よりダンスカンパニーKIKIKIKIKIKI 主宰。近年はマーラー全交響曲を振付するプロジェクトを開始し、2作目『夜の歌』で文化庁芸術祭新人賞(2016年度)受賞。 2018年よりカンパニーをクリエイションごとに流動的にメンバーを集うプロジェクトユニットに移行。非言語表現の可能性を考察し続けながら、領域横断的な創作を展開し、木ノ下歌舞伎との共作『娘道成寺』や嵯峨大念 佛狂言との共演『あたご』等、芸能や信仰を扱う創作のほか、2021年より劇作家・太田省吾の戯曲言語を舞踊化するシリーズを手がける。

 


撮影:市川勝弘
撮影:市川勝弘

 

 

太田省吾(1939-2007)【原作】

演出家・劇作家。中国・済南市生まれ。1970 年から1988 年まで劇団転形劇場を主宰。1990年代・2000年代には、藤沢市湘南台文化センター市民シアターの芸術監督、京都造形芸術大学 (現:京都芸術大学)映像・舞台芸術学科の学科長などを歴任。
『小町風伝』や『水の駅』(1981年初演)など、「沈黙劇」と呼ばれる作品群では、俳優が言葉を発することなく緩やかなテンポで動く演技表現を追求。これらと並行して台詞を発するスタイルのユニークかつ実験的な劇作品を、数多く生み出した。


 

 

品川徹【声の出演】

1935年北海道旭川市生まれ。1968年に太田省吾らと劇団転形劇場を設立。以降、『小町風伝』(77)、『水の駅』(81)など88年の解散までのすべての太田省吾作・演出の舞台に出演する。90年代後半からTVドラマ、映画に数多く出演するようになり、とりわけTVドラマ「白い巨塔」(03)の教授役で強い印象を残す。大林宣彦監督『野のなななのか』(14)の演技と長年の俳優活動に対して第24回(2014年度)日本映画プロフェッショナル大賞・特別賞受賞。


石原三静 A.K.Aヌマバラ【尺八】

1987年生まれ、京都市出身。 2008年~2014年ごろまでラッパーとして活動。 家に残された幕末期の古い尺八に興味を持ち、2015年 都山流尺八に入門。尺八の他に口琴の演奏、蒐集、日本の仮面の製作も行う。

2020年に音楽家 原摩利彦氏のミュージックビデオ"passion"にて黒い翁面が使用される。

2021年 池田町能面公募展にて古面を元に製作した翁面を出品。大蔵流狂言師 茂山七五三氏(人間国宝)から審査員特別賞受賞。 国立民族博物館主宰"辺境のhiphop研究会"所属。 国立民族博物館共同研究員。

 

2024年 青土社から出版された 島村一平 編・著 『辺境のラッパーたち』において極北の国サハの口琴とラップについて執筆。


尺八など、音楽の方を担当させて頂きます。HIPHOP、日本の楽器、喉歌、能楽、そして、ダンス、全て私の音楽人生で触れ合い、奇しくも私自身が影響を受けてきたものが今回の"小町風伝"に詰まっています。 沈黙と音楽、緊張と緩和、大江能楽堂という素晴らしい舞台でどのような体験ができるのか、とても楽しみです。ヌマバラ、いざ参ります。


木下出【声楽】

音楽家、俳優。5歳からピアノ、17歳から声楽を始める。東京芸術大学声楽科への進学を機に、音楽だけでなく、広く舞台芸術を志向する。
これまでに、劇団四季、ヨーロッパ企画、KIKIKIKIKIKI、庭劇団ペニノ 、平成中村座、等の作品に出演の他、生演奏(主にピアノ)と俳優が有機的に結びついた演劇制作を、兵庫県立ピッコロ劇団と共に、2011年より継続している。
枚方市少年少女合唱団講師、木下音楽教室主宰。


「村上さん(私の役)は、まるで豪邸に住んでいるみたい」と、初めての稽古できたまりさんが仰いました。

声楽ならではの、大きく豊かな声の響きからそう感じられた様です。

ふだん私が一緒に演奏する機会のない、楽器、声と、どんな音の世界が立ち上がってくるかワクワクしています!


嵯峨治彦【馬頭琴】

馬頭琴と喉歌(一人二重唱)を演奏。Y.ネルグイ(モンゴル国第一文化功労者)から後継指名を受け伝統音楽の継承に取組む一方、異分野とのコラボレーションも精力的に行っている。ダンサーとの共演も多く竹内実花「草を刈る月」、櫻井幸絵・平原慎太郎演出「地獄変」、山田せつ子ナビゲート「シアターZOOダンスクリエーション」、石井則仁「がらんどうの庭」、東海林靖志・嵯峨孝子(サンドアート)「砂に舞う」、きたまり演出「棲家」、平原慎太郎・大森弥子「よるねよるこいよる」ほかで音楽を担当。


 今回のきたまりさんバージョンは、恩師の太田省吾さんが能の「卒塔婆小町」をベースに創作して能舞台で上演された演劇作品に基づいています。「100年の歴史を持つ近代の演劇」を「600年以上の歴史を持つ能」と対峙させるために、台詞を発話しない「無言」という新たな表現に到達した記念碑的作品だそうです。そして、その能もまた、より古い時代に大陸から日本に伝わってきた芸能が、形を変え洗練されて日本で確立された伝統芸能です。この一連の流れには、伝わり、変化し、生まれ変わっていく極東の島国文化の生命力のようなものを感じます。

 

 オリジナル版の音楽は、 台本でさまざまな楽曲が(当時の流行歌からクラシックまで)指定されていて、中には再生速度を変更するなど、舞台上の時間感覚が変化するような興味深い仕掛けもあります。

 それに対して、きたまりさんバージョンでは、原作を大胆に解釈して作られたオリジナル楽曲の数々が、舞台上で生で演奏されます。登場する様々な民族楽器と歌声は日本に伝来した時期もバラバラで、歴史的な「時間差」を伴う不思議な共演によって、舞台上の時間感覚がやはり歪んでいくかもしれません。

 

 ちなみに馬頭琴が日本に伝来したのは、「日本人が弾き始めた」という意味では前世紀末~30年ぐらい前というシンザンものです。実は、その700年ほど昔~観阿弥・世阿弥が活躍していた時代の少し前に、馬頭琴が日本に伝来しうる機会が2度もあったのですが、どちらも鎌倉武士の奮闘と台風に阻まれてしまいました・・・。今回の演奏では、もしその時伝来していたら?というやや不穏な世界線も妄想しつつ、師ヨンドン・ネルグイさんに教わったゴビ地域の古い馬頭琴奏法を、西洋音楽の影響を迂回しながら和の世界に結びつけてみよう等と企んでいます。

 

 いざ能舞台へ!馬子にも衣裳で、私はデール(モンゴルの民族衣装)に白足袋の出で立ちで、張り切って参加させていただき馬す。 どうぞお楽しみに!

 
*全文はこちら (きたまりnote)


田辺由貴【歌・三線】

小野小卒。沖縄民謡唄者。 インスタレーション、写真、パフォーマンス、詩などアーティスト活動を経、沖縄に移住し沖縄民謡の研鑽を積む。2022年民謡では初となるアルバムをリリース。インプロヴィゼーション、エクスペリメンタルな要素もちりばめ、琉球の古い歌を現代的な感性で大切に歌う。 民俗芸能の地謡・舞方。 沖縄民俗芸能の魅力を伝えるラジオ番組「今日ん島唄」DJ。 『沖縄手帳』(沖縄植物口説)絵と随筆。琉球民謡協会師範。 「糸満ハーレー歌大会」優勝。 ブルガリア日本大使館他、国内外でライブ演奏。


人は、もと居たところに戻ると安心する。 戻れるところがあると思って生きている。 一方、『小町風伝』は図と地、生と死、そんなものが一定してない。主客もあやしい。 私は、そのような時空をめっちゃ楽しんで今、音楽を作っている。 拠点みたいなものを「家」と称するなら私に息苦しさを与えるのは家であり不謹慎ながら、家が消えるイメージはわたしを自由にする。 しかし実際、家など何の価値もない、ばからしい、今際の際には。臨終を思えば、今生きている私はどこまでも、何からも自由になっていいことに気づく。 臨終にしか味わえないであろう水が、少し味見できるこの舞台をぜひ観てほしい、生きるために。(大丈夫ちゃんと、もといた所に戻してくれるから。)

さて、沈黙と音楽どちらも並列で扱うことが受容されている自由を謳歌しつつ、演奏したいと思います。



やまみちやえ太棹三味線

高知県出身。作曲家、太棹三味線演奏家。幼い頃より歌舞伎や文楽に親しみ、6歳より義太夫三味線を竹本弥乃太夫師に、10歳より邦楽囃子を田中佐幸、望月庸子両師に師事。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校邦楽囃子専攻を経て、同大学同学部音楽環境創造科卒業。2024年8月、鶴澤朔弥(女流義太夫三味線方)として初舞台。公益財団法人クマ財団クリエイター奨学生・活動支援生。第11回エルスール財団新人賞(コンテンポラリー・ダンス部門)受賞。近松門左衛門の時代物が好き。


きたまり/KIKIKIKIKIKIの太田省吾シリーズには、『老花夜想(ノクターン)』以来2回目の参加となります。

 

『老花夜想(ノクターン)』では、台詞、歌、ト書きなど、戯曲上のあらゆることばを音に変換していく作業や、それらと身体・振付を共鳴させていく過程がとてもスリリングで…!本番ではきっかけや音楽の約束事と即興性を反復横跳びしながら、そのあわいに飛びこんで泳ぐような感覚で全神経を使い果たし、約90分の上演時間があっという間に過ぎ去っていきました。また、楽曲の内容と同じくらい(かそれ以上に)「無音」のことを考え続けた作品だったなぁという印象が強く残っています。

 

今回は同じ太田省吾作品のなかでも、「沈黙のことば」として綴られた戯曲に挑戦させていただきます。沈黙と無音はまた別物だと思いますが、クリエーションでは「沈黙の音」のことを常に頭の片隅で意識するように心がけています。能楽堂での上演、いろいろなジャンルの楽器や嵯峨念仏狂言とのコラボレーションも非常に楽しみです。

 

こちらの想像を超えて飛び出すきたまりさんのリクエストにも楽しく豊かに応えていけるよう本番まで励みますので、是非目撃しにいらしてください!


嵯峨大念佛狂言保存会【特別出演】

嵯峨大念佛狂言(以下、嵯峨狂言)は京の嵯峨釈迦堂清凉寺の狂言堂で行われる民俗芸能で、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。演者は全員が面を着け、セリフが
なく身振り手振りで仏の教えを伝える京の三大念佛狂言(壬生・千本狂言)の一つです。
演目には嵯峨狂言独自の「釈迦如来」をはじめ、能の「百万」や「土蜘蛛」など約二十演目が伝わります。毎年の定期公演はお松明(三月)、春季公演(四月)、秋季公演(十月)を狂言堂で、嵯峨狂言保存会として地元嵯峨の人々を中心に保存・継承されています。


京都には中世から三つの大念佛狂言が伝えられている。壬生・ゑんま堂・嵯峨の各大念佛狂言である。いずれも念佛会に伴った乱行念仏が芸能化したものである。ゑんま堂狂言以外はパントマイム、囃し方に合わせ身振り手振りで行い、演者は能・狂言面を付けた無言の仮面劇である。

 2019年3月右京ふれあい文化会館で、きたまり制作ダンス「あたご」で、嵯峨狂言の囃し方でコラボして以来、5年ぶりの共演舞台です。今回は「小町風伝」本番に向け嵯峨狂言が、どのように絡んでいくのか楽しみです。

嵯峨狂言が特徴とする無言の表現力と能・狂言面がもつ独特の表情、そして鉦・太鼓・笛の囃し方の演奏による中世から伝わる伝統芸能と新作ダンス「小町風伝」が時空を超えて、大江能楽堂で無言劇と「沈黙の言葉」の融合となるか注目されます。

嵯峨大念佛狂言保存会 加納敬二



チラシデザイナーのコメント

*画像をクリックすると、拡大表示でご覧いただけます

 

4種のデザインのポイントですが、まず全体として「洛中洛外図」という俯瞰した構図が、老婆の妄想の「洛中」と、現実の「見窄らしい小さな部屋」を描きこむことで、互いを引き立て合うと考えました。

一年かけた広報を望んでおられたので、それならば四季ごとの4種のフライヤー作りを、全て揃うと一枚の絵になるデザインを提案しました。デザイン採用後に、きたさんの提案で全ての季節に太田省吾さんを入れることになりました。

 

「冬」は、雪が降っていて、太田省吾さんはまだ若く、物語に出てくる「襖を背負う男」さながら、襖を背負っています。画面下には妄想の中の洛中を描きました。左上の老婆の手には三味線のバチかと思いきや「しゃもじ」を持っています。

 

「春」は、桜が散っています。まるで自分の顔のような能面と向き合う「14歳の私」がメインビジュアルです。また、ここでも少し歳を重ねた太田省吾さんがタンスを担いでいます。左上には馬頭琴(?)を演奏するメジロが春を告げています。

 

「夏」は、十二単の女(実は妄想の老婆)が太もものを露わにして、便器に用を達しています。現実はどうなったのでしょうね(笑)。夏風が吹き抜け、チリや洗濯物が飛ぶ中、やはり太田省吾さんはまた歳を重ね、少し品の良い服を着てスピーカーを運んでいます。全体に広がる雲は、実はラーメンの湯気になっています。

 

「秋」は、いよいよ老婆の、まるで漂白されたかのような姿がメインビジュアルです。現実の小さな畳の部屋にオネショした布団を描き込んでいます。太田さんは老婆共々すっかり高齢者となり、半眠半醒の表情で布団を引きずっています。最後の一種となったこのフライヤーは、公演時期と同じく秋らしく、イチョウの葉が舞う中、どんなラスト(公演)を迎えるのでしょう。

 

裏面は、現実を象徴するような「段ボール」を背景に使用しました。

 

升田学


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